MADE IN HONG KONGの駱駝牌水壺(3)黄埔の義達工業大厦 駱駝牌工場へ

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さて、何ヶ月ぶりかの香港であります。そして今回の目的の一つが、駱駝牌(唯一冷熱水壺廠)を訪ねること。
改装工事中の九龍灣の新駱駝大厦では、誰からも話を聞くことができなさそうなので、今稼働中だという
義達工業大厦(@黄埔)の工場に行くことにしました。
(事前に工場に電話をかけてくれて、当日も同行してくれた香港朋友、ありがとう!!)
これがそのビル!やや古く、それがまたなんともモダンに見えるビルです。この建物にも強烈に惹かれるなぁ。
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ビル入り口にあるポストをチェックして、駱駝牌の名前があることを確認。OK!いざエレベーターで上へ。
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工業ビルらしく素っ気ない(←そこが好き)エレベーターを降りるとそこには....おぉぉぉっ、「唯一冷熱水壺廠」の細い文字が美しく輝いている!
このフォントきれい。好きすぎる!できるものならフォントに抱きつきたいくらいっ。
しかも何でしょう、文字と壁面の色との対比の美しさは。一見黒に見えますが、実は微かにグリーンや青が潜んでいるような、シックで繊細なチャコールグレー。
細い金の文字と合う!!ビル全体の外観にもアガりましたが、その外観ともピッタリ合うすてきなセンスです。さらに素晴らしいのは、飾り気のなさ。さりげなくて大人っぽいセンス。
工場だから当たり前なのかもしれませんが。
入り口に向かっていくとガラス扉の奥に、砂漠と駱駝のイラストで有名な会社のトレードマークが光っていました!(上記イラストの右側に拡大して描きました)。

私たちの突撃に対応してくださったのは、広報担当ではなく年配の社員の方でしたが、前回書いた宏光街の新駱駝大厦がホテルになる話etc.etc...が事実だとの確認がとれました。

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さてここで少し、CAMEL VACUUM FLASK/駱駝牌「唯一冷熱水壺廠」についての説明を。

香港での魔法瓶生産は1933年ごろから始まり、次第に需要が拡大。
実業家 梁祖氏は真空フラスコを香港で安定生産しようと、1940年に「唯一冷熱水壺廠」を創業します。
そして創業後たった6ヶ月で第二次世界大戦が始まり、日本の占領で全てを失います。終戦後不屈の精神で1945年に生産再開。
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梁祖卿氏は円筒形のまっすぐな魔法瓶に、丸いラクダ印の商標プレートを付けたデザインを考案します。「駱駝牌/ Camel Brand」の誕生です。
(ウェブサイトの動画では、二代目の梁立仁氏がラクダの名を採用したとあるけれど、この点については未確認)
ラクダをトレードマークにしたのは、砂漠の旅にあって、ラクダはコブに水分を蓄えて粘り強く持ちこたえることができるから。
しかもこの商標ラベルを付けることで本体が変形しにくくなり、手から滑るのを防ぐこともできるという実用面の利点もあるそうです。
ボディに溝を入れて強度を出したNo.147のほか、美しい製品を次々生み出して順調に事業は発展していきました。
電動で真空にする機械や塗料の噴霧器なども導入。魔法瓶は各家庭の必需品となって1日400ダースも生産していた時期もあったそうです。
また哺乳瓶として使える弾丸型の小型魔法瓶も人気を博しました。
劇場でのアイスクリーム、アイスキャンディーの容器もほとんどがキャメル製品。ホテルのためのコーヒーポットも作りました。
70年代には東南アジア、ヨーロッパやアメリカにも輸出されていたといいます。

さて現在
香港には数多くの日本や海外産の魔法瓶が並んでいます。軽く性能も良いうえに、オートメーションによる大量生産が可能。
香港全体の工場の現状はというと、その多くが中国国内へ移転してしまっています。あるいは香港で生産していても、部品は中国国内からの調達が常識となっている模様。

ところが駱駝牌は今でも把手からボディなど、すべての部品を自前で作っているとのこと。時間もかかるし純利益はさほどではないのではと心配になりました。
ウェブサイトの動画を見ればよくわかることですが、機械化といっても多くを職人の手作業で行っているのですねー。(素晴らしい!)

そんな状況が大変のは想像に難くありませんが、なぜ持ちこたえられたのかな? ...と思ってさらに調べたら、これまでの不動産の扱いの判断も的確であったようなのです。
香港で残っていくには、この才能は不可欠だと何かに書いてあったっけ。

梁家は不動産にも目が効き、最初の工場のあった大咀角の棕樹街の土地を早期に購入(香港は土地定期借地権)、これは'90年に1億2千万HKドルで売却。
’47年に6万HKドル超の予算で洗衣街の土地を購入。
'09年に市建局の波鞋街(旺角の登打士街〜亞皆老街にかけての俗称。洗衣街付近)買収計画により、1億HKドルを超える収入
'81年に九龍灣に購入したビルは「新駱駝大厦」と名付けて工場とした。そして5年前にここをホテルとしてリノベーションすることを申請

「これで私たちは香港で駱駝牌のロゴプレートを放棄せず、今後も継続して製品を製造することができます。
ウェブサイトも整備します」三代目の梁澄宙氏談。スピーディーに実現してる....

知れば知るほど魅力を感じる駱駝牌、唯一冷熱水壺廠。
これからも継続して調べていけたらいいなぁと思います。


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by kadoorie-ave | 2017-04-02 19:21 | 散歩と旅・建物 | Comments(0)
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