観て来ました!「プルートで朝食を」

先日、このブログでも観に行きたい作品としてご紹介した映画
「プルートで朝食を」、観て参りました〜!

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見終わってもその余韻に酔いしれていたくて、
すぐにOST(オリジナル・サウンド・トラック)の
CDを買って仕事中も聴いてiます。


他の方の好みはわかりませんが、自分としてはずっとずっと好きな作品になりそう。

映画に限らずそんなに「大嫌い!」なものはないのですが
「もう心底私にぴったり!」なんていうのも滅多にありません。
すぐ熱くなるけどおそろしく飽きっぽい私ではありますが、
稀に、体中の細胞が「これだ、これこれ!」とささやくものは多分一生変わらず好きなもの。
で、これは雑誌に出ていた紹介をチラリと見だけで、細胞レベルで好きだと思ったのであります。

おおよそ、キリアン・マーフィー扮する主人公パトリック(後にキトゥンという名に)の
置かれた状況はやりきれないことばかりです。生まれたときからワケアリの捨て子。
‘60〜’70年代のアイルランドとイギリスが舞台で、紛争により大切な幼なじみを
失うし、自らも巻き込まれてしまう...。
辛いことがあるたびに思い浮かべる、まだ会ったこともない「美しい」お母さんの姿。
本当のお母さんに会いたくて、イギリスに捜しに行くキトゥン。

そんなことを書いていると、暗く深刻な内容かと思いそうですが、さにあらず。
何よりキトゥン自身が深刻ぶらず、いつだってこの世の中の美しさを見失わないのです。
肩の力が抜けて優しく温かな気持ちになれる映画です。

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周囲は「普通の子と違う」パトリック=キトゥンを、やっきになって
埃をかぶった良識のレールに乗せようとするのですが
「真剣、真剣、真剣(シリアス、シリアス、シリアス).......みんなそればっかり...」と
溜め息つきながらゆらり、ふわりとかわしてゆきます。
時には、現実の厳しさの中で溺れそうにもなるし、命だって落としかけたりする。
世の中でヨゴレテルと言われることもするけれど、心はいつだってキトゥン自身のもの、
無垢なまま。。。

映像は色がきれいで魅力的、懐かしい音楽が効果的にふんだんに使われているし
配役もよし、ファッションもツボ!
観ているとラブリーとかキュートという言葉が浮かんで来ます、噛み締めるととても苦いのに!
目に涙を浮かべながら、しょっちゅう笑ってしまう...そんな映画でしたよ!

いくつか読んだ映画評の中には「性同一障害の青年が悩みながら...」とか
「性倒錯者」とか「女装癖」なんていう言葉が結構出て来ました。
間違ってはいないけれど、なんだか違和感が残りました。

キトゥンはただ、きれいなものが大好きでそういう服を着ずにはいられず、
夢見がちで、男の人を好きになるっていうだけ。
それが、自分らしさだっただけ。
それで誰かに無理強いしたり、ひどい目に遭わせてきたわけじゃないです。

政治が、宗教が、ゲイが...なんて言葉に引っかかってこの映画を観ないんだったら
なんだかもったいない気がします。


映画を観ながら、何故か何度も頭に浮かんだ言葉があります。
聖書の中の言葉。
「たとえ、預言する賜物を持ち、あらゆる神秘とあらゆる知識に通じていようとも
たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、
愛がなければ、無に等しい。」(コリントの教会への手紙)

私にとってそんなものを感じる友だちは、恵まれた優等生の中よりも
隅っこにはみ出している仲間の中にたびたび見かけるように思うのです。

「あなたは正しいことをたくさん言うけど、それは愛のある態度なの?」


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↑紫のコートを着ているのは親友のチャーリー。
キトゥンだけじゃなく、この人も大好き!このコートも可愛くてすぐにでも欲しい!

日本版公式サイトUK版公式サイトUS版公式サイト

おまけ:コチラで輸入版OSTの視聴もできます→“Breakfast on Pluto" Original Soundtrack
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by kadoorie-ave | 2006-06-25 03:10 | 映画・音楽・ART・WEB | Comments(15)
Commented by yaliusat at 2006-06-25 07:51
小野寺光子さま トラックバックありがとうございました。ぼくはパトリック・マッケイブの原作小説は読んでいませんが、原作ではキトゥンは母親と再会しないとどこかに書かれていました。この変更って原作を根っこからひっくり返すほどの大技だと思うのですが、監督のニール・ジョーダンが脚本の共作者でもあるマッケイブに強制したのでしょうか。興味あるところです。でもキトゥンが母親に会えなかったら、この映画の感動ポイントも結構ダウンするという気が個人的にはします。小野寺さんは如何お考えでしょうか。
Commented at 2006-06-25 16:51
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-06-25 18:22
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2006-06-25 20:39
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by chacobi at 2006-06-25 21:40
わ〜、いいです〜。この映画!
私も観にいきたいです!!
私もチャーリー、好き♡
このコートも好き♡
光子さんとお揃いでアフロにこのコート、あいやいや、
カーリーにこのコートで、、い・か・が・・・?
Commented by r-work at 2006-06-26 00:23
絵画にしても映画にしても好きなものに理屈はイラナイと思って、
ただ楽しむだけの私で好きなもの、感動するものって、DNAに
書き込まれたものが反応するんでしょうねえ。
紫のコート、見ただけで光子さんだーと思ってしまいました(笑)
私のイメージする光子さん、そのものの雰囲気です。
Commented by pyontaro-piyopiyo at 2006-06-26 04:44
えへ!実は私も先々週、銀座で観てまいりました^^!
光子さんの感想お聞きしたかったんですよ~。
作品の背景の複雑さと、キトゥンの可愛いくらいの純粋さの対比が妙に面白い。
「シリアス、シリアス、シリアス・・・」はポイントですよね!
そして、映像も音楽やファッションもとってもご機嫌!(ってちと古い^^;?)
最初と最後のベビーカーのシーンとか、子供と親との様々な愛情の形ってのも、
この映画のもう一つのポイントなのかな^^!
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 01:18
>yaliusatさま(長いので二部に分けますね、深い内容はなしですが)
そうですよね、キトゥンが母親に会えなかったら...この映画の幸福感に包まれたエンディングが覆されてしまうほどだと思います。こちらの映画館で買ったパンフの「Production Note」には、「ストーリーで大きく変わった部分はリーアム神父のキャラクターである。原作の中で彼は、教区の神父でありながらキトゥンの母親をレイプし、その結果生まれてしまった子供を遺棄させ、ロンドンに移住させてしまう。神父は罰せられることもなく、偏狭な家父長制度の下で保護された。
原作の神父がバッシングを受け罪悪感を感じていたマッケーブは、彼を暖かいキャラクターへと変えた」とありました。
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 01:26
>yaliusatさま(上↑の続き)
神父があの人間的に愛すべき善人に描かれていなかったら、母親に会うという設定にもならなかったかも、ですね。う〜〜む。(それにしても、宗教...というより欧米の古くからの感覚からすると、たとえ小説の中の人物であっても「こんな神父、ひどすぎる。あり得ない!」とバッシングされちゃうんでしょうか...。私はカトリックなんですが、日本に生まれたユルい信者なので、そんなヤツも居るかもね、くらいに思っちゃうのですが。)ジョーダン監督は原作を読んで「アイルランド版の“キャンディード”」—過酷な体験をしながらも最後には全てうまくいくと信じている無垢な人間の物語—だと捉え、脚本をそれに沿って構成したそうです。マッケーブと共に、ハッピーエンドにこだわった...と。
やはり小説として読むのと、映像で表現するのでは、語りかたを変える必要があったのでしょうね〜。
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 01:37
>鍵コメさま
まぁ、話が巡り巡って...!
もしかして最初に言われたときも、褒め言葉だったのでは...??
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 01:47
>humsumさま
私もCGバリバリはあまり得意じゃありません。
どちらかといえば、手作り感の残るものが好きかもしれません。
有名ブランドの作った服で皆に人気があるものでも、自分に合うとは限らないのと同じですよね...。
(それで香港など中華圏+アジアの映画も好きになったのだと思います。)
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 01:50
>鍵コメさま
改めて本の内容や表記を確認してみますね!
この映画、今の所日本では単館上映でやってます。香港でも映画館で観られるといいですね〜。
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 01:53
>chacobiさま
きっときっと、この映画はchacobiさんのお気に召すことと思いますよ〜〜!
お忙しいでしょうが、是非是非劇場でご覧くださいませ。
で、二人でおそろいのチャーリーのコートを着ましょ〜♡
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 02:21
>r-workさま
DNAに組み込まれたものって、歳を重ねるほどどれだかはっきりわかってきますよね。
絵でもなんでも、「わからなぁい!」「何これ?」なんて言わないで
「これは好き」「これは好みじゃない」というふうに言ってもらえるといいのに...と思います。
Commented by kadoorie-ave at 2006-06-27 02:45
>pyontaro-piyopiyoさま
なぁんだ、さすがpyontaroさん。早いですねぇ、先々週でしたか。
この映画、とてもたくさんの対比がおもしろかったです。キトゥンと現実の不寛容や暴力、男と女の境界線、捨てられたパトリックと母に育てられているパトリック。アイルランドとイギリス、カトリックとプロテスタント。などなど。それにいつもは告解室で信者からの罪の告白を聞いている神父と、のぞき部屋のキトゥンに贖罪を求めに行く神父という逆転も。
そういえばそのシーンで、(すごくうろ覚え....)神父から直接「自分が父親だ」と告白された後、キトゥンが「ファーザー(神父さま)、ではこれからはなんて呼んだらいいんでしょう?」と聞いたときの返事が「ファーザー(お父さん)....」てところ、可笑しかったです。字幕ではその辺のニュアンスは訳していなかったみたいですが。(ちなみに修道士は「ブラザー」です。)
そういえば、シネスイッチ銀座で「シネマアートン下北沢」の映画だよりを見つけました。「オキナワ映画クロクニル2006」の記事、読みました。
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