シネマ歌舞伎特別篇『坂東玉三郎・中国昆劇合同公演 牡丹亭』

先日、東銀座の東劇にてシネマ歌舞伎特別篇『坂東玉三郎・中国昆劇合同公演 牡丹亭(ぼたんて
い)』
を観ました。ほんとうは、af_blogの古川泰司さんの「ちっちゃな家」展を観に行くのが主な
目的で、『ついでに何か他にも用事はないかしら』と考えたときに、ちょうど坂東玉三郎の「牡丹
亭」の映画も近くでやっているはずだと思い出したのです。

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『坂東玉三郎・中国昆劇合同公演 牡
丹亭(ぼたんてい)』については、予
備知識もほとんどありませんでした。

ただ、あの有名な『牡丹亭』か!と。

そういえば、映画『華の愛 遊園驚
』(ヨン・ファン監督)の冒頭で
も、ジェイド役の宮沢りえが「牡丹亭
 遊園驚夢」を歌う姿が儚げで、うっ
とりするほどきれいでした〜。

玉三郎氏については、かねてから芸は
もちろん、インタビューでの発言など
にもとても注目しています。中国の人
々や文化についての発言には、ことさ
ら共感するものがあります。
その玉三郎が、昆劇の本家本元、蘇州
で主役として客演する!これは歴史的
にもとてつもなくすごいことなのでは
ないでしょうか?

玉三郎といえば、われらがレスリー・
チャン(張國榮)とも食事を一緒にし
て語り合った仲。「表現」すること・
「芸」への、清冽で真摯な態度には共
通するものがあります。
長い芸歴で色々あったはずなのに、年齢を重ねてからのほうが若い時以上に蓮の花のような美しさ
があります。そういう姿勢や心のあり方が表面に出てくるからだと思うのです。実際、二人の肌の
内側から輝くような透明感といったら!!
...見習えないけど、見習わなくちゃ...(トホホです。)


この映画は二部に分かれています。第1部はドキュメンタリー篇『玉三郎16Days in 蘇州』、第2部
が本編ともいえる舞台篇『牡丹亭』。

●第一部は蘇州での稽古風景を中心に、玉三郎の日々を追った内容。蘇州語の、それも古語で話
し、歌い続けるのですから、玉三郎のような人であっても信じられないような緊張であろうと思い
ます。私は、表現や創作の舞台裏(陰の苦労や辛さを知ること)がこの上なく好きなので、食い入
るように画面を眺めていました。

稽古の合間にも、熱心に取材や講演会をこなしました。南京大学での講演会のシーンになり、あふ
れかえるような学生たちが、期待に胸を膨らませて会場にひしめいていました。質疑応答が始
まるや、突然男子学生から「レスリー・チャン(張國榮)との交流があったそうですが...」という
質問が。

こちらとしては心の準備がなかったのでその名前にドッキリ。
答えは(大体のうろ覚えですが)「映画『覇王別姫』はもちろん見ました。素晴らしかったで
す。」
「チャンは私の舞台を観に来てくれて、素晴らしかったとおっしゃってくれて」
「(覇王別姫は)あなた(←玉三郎氏)がやるべきだったんじゃないかと言いました(笑)」
「あの、チャンは本当にフェアーな人でした」
「チャンと私は色々話をしたんですけれども...」


色々話をしたなかで、こんなことを言ったそうです。
「俳優というのは、たくさんの華を持つことができる。けれども、そ
の華の数だけ、苦しみがある」


私など、取るに足らないようなこと(新しい仕事だったり、個展の準備だったり)でも怯えて腰が
引けてしまうのですが、坂東玉三郎といい、レスリーといい、一人の人間にのしかかるには、想像
を絶するような重圧・不安・苦しさ・辛さなのだよなあ...と彼らの日々を想いました。ほんとう
に、尊敬できる人たち。学生たちが目を輝かせて話を聞く姿が、印象的でした。

●第二部。これはもう、是非映画をご覧頂きたいのです(生の舞台ならさらにいいのに!)。私は
女形というものが大好きなのですが、中国では文化大革命後ほとんど絶えてしまいました。けれど
も、女性の役なら女性がやればいいというものでもない。女形でなくては表現できない女らしさ、
存在感というものがあります。
玉三郎演ずる杜麗娘(とれいじょう)は、伝統を大切に守りながらも、新しい命が吹き込まれたよ
うに生き生きとして感じられました。何度でも観たいなあ...。DVD化されるのだろうか?公演はも
うないのでしょうか?

カーテンコール(?)での観客からの割れんばかりの拍手と、叫び声に近いような歓声に、おじぎ
をする玉三郎の目が、一瞬うるんだように大きく開いたのが印象的でした。


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by kadoorie-ave | 2009-06-24 17:25 | イラスト付き | Comments(0)
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